自転車は愛のある乗り物だと思う

自転車は愛のある乗り物だと思う

春になると自転車に乗りたくなります。気分のままにペダルを漕いで、春風を感じたり、服にはらませるのが大好きです。満開の桜並木の下を走るのもいいのですが、私は散り始めた頃の桜の下を走るのが好きです。花びらが降ってくる中を走ると、まるでドラマの中にいるような気分になれます。ドラマに大事なのは、スピード感だと思っています。スピードが出るとアドレナリンが出て、自転車で通り過ぎるなんともない日常の風景が、特別な意味を持ったり、ハッとするものに変わったりするからです。
自転車に乗る機会が増えると、自転車に乗り始めたときのことを思い出します。自転車は、初めは誰かの手助けなしに乗れません。必ず親しい人に後ろを押さえてもらい、何度も失敗しながら徐々に手を離してもらって乗れるようになります。それはつまり、自転車に乗れる人には愛された記憶があるということではないでしょうか。そう考えると自転車が愛しくなります。乗れるよう手伝ってくれた人のことを思い出して、優しい気持ちにもなります。私の場合、両親が交互に後ろを支えてくれました。ワキの毛穴がプツプツしている|色や状態からみた治し方について根気よく、私が乗れるまでです。どんな思いでそうしていたのでしょう。支えなしで乗れるようになった今でも、自転車の後ろにはいつもあのときの優しい手があるような気がしています。そして、自転車に乗る全ての人の後ろに、愛された記憶がついているはずです。降り注ぐ桜の花びらに交じって、後ろを支えてもらっていたときの映像が見え隠れするのは、自転車に乗って出たアドレナリンのせいかもしれません。